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8月14日(土) 02:09 金子一朗
自分が勝手に師匠とあがめているとても大切なピアニストがこんなものを残している。

http://www.youtube.com/watch?v=TlQsfSdIomk&NR=1
http://www.youtube.com/watch?v=ZyxmE_wTb30&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=NpbScLRIGU8&NR=1

音楽も飛びきり凄すぎるが、ピアノのソノリテの定義がここに存在する。
このソノリテをどう出すか。ぼくは人生の大半をこれにかけてきたと思う。
物理的なものと情念のバランス。
指が速く回ること、大音量を出せること、そういったことに僕にはあまり感心がない。
8月 5日(木) 00:11 金子一朗
2つの物体が質量を持っていると、互いに引き合う。
これは引力によるものだ。
だから地球と月は離れず、衝突せずにいる。
これは、強過ぎず、弱過ぎず絶妙なバランスによるものだ。
でも、もし、今より地球の引力が強かったら、
月は地球に衝突して、より小さい月はなくなるだろう。
もちろん、地球も無傷ではいられないが。
同じ大きさだったら、どちらも破壊されるのかもしれない。

孔子の言う中庸という概念はこれに近いのだろう。簡単なようだし、一定レベル以上の学問を修め、様々な経験をしながら自分自身を見つめる訓練をし続ければ誰でも到達できる感覚だと思っていたが、実は、中庸の徳を常に発揮するのは聖人でも難しいということを思い出した。

ましてや、ぼくは聖人ではないからできたとしてもたまにしか発揮できないだろう。

常日頃、自分の行為が自分と関わる人に最適でありたい、つまり、中庸の徳を発揮したいと思って生活してきたが、このところ、結果として真逆になることが続いた。引力のバランスがとれなかった。

しかし、もし自分が原因でそうなったのなら、引力が弱くなって離れるか、引力が強くなったのならせめて自分は地球ではなく、月でありたい。心のどこかで月になりたくない、地球でありたいと思うから雑念が入って中庸の徳が発揮できないのだろう。

自発的に行う行為がなければ、引力は発生しない。引力が強すぎる場合は、まず、その行為と、それを決断する心を検証するべきだろう。

自発的に何かを行うのであれば、相手がそれに対してどういう対応をしてこようと、相手の不利益にならないようにすれば、中庸の徳を大きく踏み外した行為にはならないだろう。ましてや、相手が自分にとって大切な存在であれば、すべてを許容するくらいの気持ちを持てないのなら相手に自発的に何かを行ってはいけないと思う。

大切に思う人がいれば、そして、関わる人が多くなればなるほど、中庸の徳を発揮することは困難だ。そして、発揮できなかったことを知ったとき、自分が激しく傷つく。

中庸の徳を発揮することはぼくには困難だ。自分が傷つかないためには、人間関係をなくすか、希薄にするしか方法はないだろう。

周りが中庸の徳を発揮する人達だけであれば、自分はとても楽だろうが、そんなことはありえない。しかも、もしそんなことがあったら、自分は人間として下等になるだろう。

この年になっても、こんなに当たり前のことがわかっていない自分は、なんと下等な人間だろう。

それを思い知らされた。
7月12日(月) 09:07 金子一朗
このところ多忙でホームページの更新を怠っており申し訳ありません。
実は、8月30日(月)に杉並区にあります杉並公会堂大ホールにて、「金子一朗ピアノリサイタル ドビュッシーピアノ作品全曲チクルス第4回」を行います。今回でドビュッシーの全ピアノ作品シリーズが完結します。従って、曲目は、3回目までで演奏していないすべての作品で、下記の通りです。ただし、曲順は変更することがあります。

1 初期の小品

間奏曲(ピアノトリオのドビュッシー自身による編曲)(1880)
ロマンティックなワルツ(1890)
夜想曲(1892)

2 忘れられた映像(1894)

レント 憂鬱で柔らかく
サラバンドのテンポで、ルーブルの想い出に
「もう森へは行かない」の様相

3 映像第1集(1905)
第1曲 水の反映
第2曲 ラモーを讃えて
第3曲 運動
4 映像第2集(1907)
第1曲 葉末を渡る鐘の音
第2曲 そして月は廃寺に落ちる
第3曲 金色の魚
5 新たに発見された練習曲(練習曲「アルペジオのために」の異稿)(1915)
6 6つの古代の墓碑銘(1914)
第1曲 夏の風の神パンの加護を祈るために
第2曲 無名の墓のために
第3曲 夜に幸あらんために
第4曲 カスタネットを持つ舞姫のために
第5曲 エジプトの女のために
第6曲 朝の雨に感謝するために

7 おもちゃ箱(1913)
第1場 おもちゃ箱
第2場 戦場
第3場 売られる羊小屋
第4場 幸せになった後

チケットは、チケットぴあ(Pコード 108-878)pia.jp/t
電話0570-02-9999

ピティナ名義後援コンサートページ
http://www.piano.or.jp/concert/support/
他で購入できます。

今回の曲目は、映像第1集、第2集という、ドビュッシーのすべての作品を代表する傑作を筆頭に、晩年の傑作「6つの古代のエピグラフ」「おもちゃ箱」、そして、最近発見された珍しい作品も織り交ぜた大変面白いプログラムとなっています。是非ご来聴いただければ幸いです。
3月 1日(月) 10:39 金子一朗
 去る2月21日の演奏会はおかげさまで満員となり、多くのお客様に来場いただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。 
 さて、ピティナ(社団法人 全日本ピアノ指導者協会)で、本日、今年度のコンペティションの課題曲が正式に発表され、昨年と同様に、私がそのうちの3曲の楽曲分析を担当し、ピティナのミュッセというオンデマンド楽譜が発売されました。

http://www.bookpark.ne.jp/cm/ptna/select.asp

詳しくはピティナのホームページで確認していただければと思いますが、私の担当した作品は、B級の近現代課題曲、ピエール・サンカンの、「ワルツを踊って! ソフィーちゃん」、D級ロマン派課題曲、ショパンのワルツ作品34−3、F級近現代課題曲、ドビュッシーのピアノのためにより、第3曲「トッカータ」です。私以外にも、7名の著名な作曲家の先生方が他の様々な課題曲を分析なさっています。

http://www.piano.or.jp/enc/news/2010/02/26_10334.html

これらは、具体的な作品における楽曲分析であり、期間が限定(今年の8月まで)されていますが、要するに、楽譜のどこを読めば演奏に活かせるかという具体的な実施例です。コンペを受ける受けないに関わらず、是非、ご覧いただければ幸いです。私の担当した作品のうち、ピエール・サンカンの作品は、子供向けに見えますが、技術的に平易でも音楽的な充実度がとても高く、練習量が少なくてもモノにしやすい佳品です。ショパンのワルツやドビュッシーのトッカータは、言わずと知れたピアノ史の代表的な作品です。
通常のレッスンでは得にくい様々な情報を盛り込んだつもりです。よろしくお願いいたします。
1月15日(金) 00:01 金子一朗
2月21日の公開録音コンサートですが、ピティナのホームページ

http://www.piano.or.jp/concert/public/

によると、「申込多数につき予約受付停止中」との表示が出ていました。
今後、キャンセル待ちなどになるのかもしれませんが、私は把握しておりません。もしご希望の方がいらっしゃいましたら、今後、上記のホームページを適宜ご確認いただければ幸いです。
ご迷惑をおかけいたしますがよろしくお願いいたします。
1月 1日(金) 23:22 金子一朗
 皆様、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 このところ、ブログの更新が滞っていますが、簡単なコメントであれば簡単でも、このブログではある程度の内容を伴ったトピックスを載せるのが目的であるため、そのためには、やはり、なかなか余裕がないというのが理由です。
 昨年はいろいろなことがありました。音楽活動としては、拙著「挑戦するピアニスト〜独学の流儀」(春秋社)を出版し、ドビュッシー全曲演奏会の第3回をやり、作品の分析をした楽譜を出版したり、トークコンサートをしたり、また、面白いところでは、マジシャンとポピュラーミュージックで共演したり、要するに前年までと比べ、多様な活動になったというのが実感です。もちろん、これらの殆どはお話があったものの中から、本職のスケジュールと調整可能なものだけをお受けした結果です。その職場でも、昨年からいままで以上に多忙になり、とてもきつい1年でした。精神的にもいろいろとつらいことが多く、多くの方々のもつ印象とは逆に、おそらく、自分の人生の中で、昨年は最もつらい1年だったと思います。
 さて、我々は文書、表、画像などを様々なソフトで作成、加工しますが、その際、どのようなソフトを利用したとしても、ファイルの上書き保存を実施し、様々なデータファイルをより質の高いものにしていくという作業を行っています。我々の記憶は常に新しいものが保存されていきますが、古過ぎる記憶は消え去り、同じタイプの記憶は整理され、部分によって上書き保存されることが多いと思います。例えば、正月に毎年楽しい思い出があると、今年の正月が近づくにつれ、うきうきした気分になるでしょう。逆につらい思い出があれば、そのときが近づくにつれ、気分は落ち込み、場合によっては不安や恐怖におののくこともあるでしょう。ましてや、つらいことが今年の正月も連続して起こってしまった場合、それがトラウマとなって、毎年その時期の前後を苦しむことになりかねません。1年というのは誰にもわかりやすく、記憶の整理がしやすい時間単位ですから、こういったことが起こるのだと思います。前者の場合は良いのですが、後者であった場合、何をするべきでしょうか。自分でできるかどうかは別にしても、より良い状態にするには、ファイルの上書き保存の概念を利用することが良い方法の1つだと思います。つまり、昨年の正月につらい思い出があった場合、今年の正月は可能な限り楽しい思い出になるように努力することだと思います。また、ある人がそういうつらい思いをしたことを知っているのなら、その人に楽しい思い出作りの手助けをしてあげることも良いことだと思います。そうすれば、次の年の正月は、その人の思い出はつらいことと楽しいことが混在しているわけですが、もう1度楽しい思い出が続いたとき、それが上書き保存され、恐らく、過去の辛い記憶は薄まって、気にならない程度になるでしょう。
 今のわたしは、そういう人が周りにいたとしても、とてもそういう手助けのできる余裕がありませんが、余裕のある方々は、是非、周りを見渡して、そういうつらい思いをしている人に手を差し伸べてあげてはいかがでしょうか。それは、結局、その人が幸せになるばかりでなく、自分自身も幸せを分け与えられることになるからです。
 皆様にとって今年が良い1年でありますよう祈念いたします。


追記
コンサート情報のページにも載せましたが、念のため、こちらにも再掲いたします。

下記の日程で、東京・巣鴨の東音ホールにて公開録音コンサートを行います。

2010年2月21日(日)14:00開演(13:30開場)
http://www.piano.or.jp/concert/news/2009/11/20_9803.html

これは、ピティナ(社団法人全日本ピアノ指導者協会)のホームページにあるピアノ曲辞典の掲載作品をより充実するために行われるもので、ここで演奏したものが後にYouTubeにアップされます。従って、多少はマイナーな作品も含まれますが、今回私が選んだ作品は、音楽史上での最高傑作の1つでありながら、まだ音源が辞典にアップされていないものです。
入場料は当日、聴きにいらっしゃった方が自分で決めて演奏後に支払うシステムになっています。また、終演後は、簡単なワインパーティーが行われるかもしれません。ワインは、可能であれば私がセレクトしたものにしようと思っております。
会場が手狭のため、お早めに申し込みいただければ幸いでございます。
10月26日(月) 20:36 金子一朗
 先日、タクシーに乗った。私は普段、運転手には静かにしてもらいたいし、もちろん、ラジオや、場合によっては無線すら消して欲しいと思う。それは、運賃に、ただ移動するだけではなく、その空間を占有していることも含まれていると思っているからである。ホテルもまったく同じである。ただベッドやバスやトイレや洗面台を使うためだけにお金を払うのではない。その部屋を占有する権利、そしてサービスを得るためにお金を払っている。
 タクシーに乗ると不快に感じることが多いのであるが、先日は、実に面白い運転手に出会った。乗車して行き先を告げたが、その時は雨で、しかも、天気予報では曇りであったのだ。もちろん、予想外の雨であったから私も利用したのだが、そのとき、運転手は、とても自然に、「予想外の雨で大変ですね」、と声をかけてくれた。それはもっともなので、「運転手さんは、雨のときは書き入れ時だからこういうときは笑いが止まらないでしょう」と言ったら、「実はお客さん、違うんです。我々は天気予報を見て、雨の予想時間に合わせて、それまでの間に仮眠をとって、雨が降っている間は運転し続けられるようにしているんですが、今日のように予想が外れると、仮眠もそこそこに走らないと売り上げが伸びないから大変なんですよ」ということだった。その運転手さんは、到着場所の200mくらい前でメーターが上がったら、もうメーターを止めて、「料金は・・・円です。現金ですか、カードですか」と聞くから、「現金だけど、いいの? メーター止めちゃって」って言ったら、なんと、「メーター止めると、あらかじめお金を用意してもらえるからお客さんが降りるときの時間が節約できるし、メーター止めてからなら、無線のお客もとれるからいいんですよ」と言われた。そして、「もし、メーターが上がっても、料金はいただきません」と言う。なかなかの営業努力である。果たしてそれでどの程度の利益があるかはわからないが、こういうことの積み重ねが大きな利益につながる。恐らく、これ以外にも、彼は数多くの工夫を凝らしているのだろう。商売に、ぼろ儲けなど、本来はあり得ないのだ。降りるときにも、形式的な「ありがとうございました」ではなく、とても自然に、「足下が濡れていますから、お出かけ中に怪我などなさらないように」などと言う。恐らく、この運転手は、接客としての会話についても、客をみて、不快感を与えないような会話術を考えているだろうし、他の運転手よりもはるかに売り上げが多いだろう。自分の待遇に不平不満があるのなら、こういう、身近な、簡単なことからできることはないかどうかを考え、それを積み重ねてみるべきであろう。
 雨の日ながら、予期せぬところでとても気持ちのよい時間を過ごし、お金を払ったにも関わらず、得をした気分になった。

10月19日(月) 18:55 金子一朗
 知人のブログを読んでいたらアルハンブラ宮殿についてかかれたものがあった。ドビュッシーの前奏曲集第2巻の第3曲ヴィーノの門はこの宮殿の絵はがきとの関連が指摘されているなど、音楽上では何かとインスピレーションの宝庫である。その記述と写真の中で、宮殿の天井の壁のムカルナス様式という、鍾乳洞の中の鍾乳石のような装飾に目がとまった。その様式は、そのブログでは、ガウディのサグラダファミリア教会の外壁の質感との共通性について書いてあった。これらを見て、強烈に関連を見出した音楽作品があった。それは、アルベニスの孤高の傑作、組曲イベリアである。全12曲からなるこのスペイン音楽の一大絵巻は、多くの作品がその価値の高さにも関わらず、まだまだ人口に膾炙しているとは言い難い。演奏が極めて困難だからである.その困難さの理由の1つに、複雑に入り組んだ装飾音と線の存在がある。これらは、多くの場合、親しみやすい、息の長いメロディーに複雑にからみ合っているのだが、この装飾音や非和声音の散りばめ方が、まさに建築の世界のムカルナス様式の質感をわたしに想起させたのである.そういう指摘をしている本があるかもしれないが、写真からでもその質感の共通性はとても強く感じられる。遠方から見ると滑らかであり、近づけば近づくほどごつごつとしたものである。サグラダファミリア教会はまだ建設途中であることは有名であるが、こういった複雑な細部の作成に膨大な時間がかかっていることは想像に難くない。
 私も出演するが、12月20日(日)の14:00より、スペインオフ2009という催しが行われる。

http://snuf.ciao.jp/SpainOff/

ここでは、アルベニスのイベリア全曲をはじめ、スペインピアノ音楽の傑作の多くを聞くことができる。是非ご来場いただきたい。

10月 3日(土) 23:12 金子一朗
 このところ体調がすぐれず困っている.原因はいろいろあるだろうが、こういうときはいくつか試すと良いことがある。動物が怪我をすると、ひたすら寝て過ごすようである。従って、まず、ひたすら睡眠をとることが大切だろう.眠れないなら睡眠薬を多少使っても良いだろう.次に、身体の代謝が悪くなっていることが多いので、マッサージやお灸が良いだろう.これも、1回ではなく、2、3回、集中してやると良いだろう.もちろん、ぬるめのお湯に長時間つかることも良いだろう.
 しかし、体調を良くする方法は、ストレスを発散することだとつくづく思った.実は、叔母が先日61歳で永眠した。このところ、自分の師匠が相次いで亡くなるなど、訃報が多い.彼女は自給自足で新鮮な野菜をとり、元気なときはよく採りたての野菜を送ってくれたものだ.とても香り高く、味が濃くて美味しかった。食が健康の基本であると信じて疑わなかった私は、彼女が長生きするだろうと信じて疑わなかった。しかし、結果はそうではなかった。聞いた話ではいろいろとストレスがあったということである。ストレスは身体を蝕む大きな原因になるとつくづく思った.昔、金さん銀さんという、双子か姉妹か忘れたが、100歳を超えた素晴らしいおばあさんがよくテレビに登場していた.彼女らは、長生きの秘訣を、くよくよしない、楽しいことを考えるなどと、満面の笑顔でおっしゃっていた.少なくとも、細かいことを気にし過ぎたり、悩み事を自分の中に溜め込んだりすることは良くないだろう。特に人格者と思われる人達にその傾向が強いと思う.自分は人格者ではないが、昔、少なくとも家でピアノを弾いて楽しんでいたときと比較にならないくらい、現在はピアノでストレスをためる.そして、仕事も昔に比べ責任も増え、忙しくなり、ストレスが増えている.ストレス発散について何らかの対策をしないといけない年齢になっているように思う.年々、肉体の衰えを感じる.衰えを最小限に食い止め、ストレスを発散するには何をしたらいいかを真剣に考えなければいけない。
 誕生日を迎え、次の誕生日を迎えるまでの宿題である.

9月24日(木) 18:37 金子一朗
ピアニストの神野明先生が逝去された。

http://sankei.jp.msn.com/obituary/090921/obt0909211750000-n1.htm


ご冥福をお祈りしたい。

 神野先生は、わたしのピアノ技術を今の形に変えるきっかけをつくっていただいた恩人の一人である。とても熱心な先生であった。しかし、その熱心さにわたしは応えきれず、当時は挫折した。
それから15年ほど経ち、指を怪我したことがきっかけで受けたアマチュアのコンクールの審査員に、偶然、先生がいた。わたしは、つらさに負け、失礼にも一方的にレッスンをキャンセルして以来、恩を仇で返した自分に耐えられず、謝ることもできなかった。恐らく、先生はわたしのことを忘れているだろう、いや、忘れていて欲しい、そう思ってアマチュアコンクールの本選でスクリャービンのソナタを弾いた。結果は、1位。それでも、その後のレセプションでは挨拶ができず、コソコソとしていた。
 神野先生と目が合った。おどおどしているわたしに、先生はニコニコして近づいてきた。先生を知っている人は皆が知っている、あの、屈託のない笑顔である。そして、握手を求められ、強く握りしめられながら、「いやあ、久しぶりだなあ。しかし、君のスクリャービンはとても素晴らしい。我々プロも、うかうかしていたら危ない、そう思わせる演奏だった。良かった良かった」と言って下さった。わたしは、返す言葉が見当たらず、ひきつった笑顔で、ただ、「ありがとうございます」としか言えなかった。
 レッスンから逃げ出し、謝らずにこそこそと逃げ通した。そういう行為をしたわたしは、ずっとその人生の汚点に苦しんでいた。しかし、先生は、そのわたしに、何事もなかったかのような笑顔で接してくれたのである。
 よく考えてみたら、自分の職場では、わたしは悪いことをした生徒には、学校が社会に出る前の見習い期間であると考えているため、その行為が社会的に許されないようなことであった場合、厳しく指導するが、そういう生徒でも、卒業してからわざわざわたしに会いに来ると、何事もなかったかのように、いや、むしろ、優秀な生徒と接する以上に、とても楽しく時を過ごしていることを思い出した。学校に、卒業してから、または、途中で退学してからわざわざわたしに会いにくる教え子は、必ず、在学中の行為をわたしに詫びる。わたしは全然、何とも思っていないのに。そして、多少仕事に追われていても、可能な限り楽しいひと時を過ごすのである。
 彼らは、逃げ通したわたしよりも、優秀である。
 ピアノを続けることはとてもつらいことであるが、わたしの経歴には必ず神野先生の名前が載る。神野先生の伝承者としてはとてもできの悪い生徒であるが、可能な限り先生の名に恥じないように努力しなければいけない。そうして、命は途絶えても、精神は伝承され、生き続けていくのである。

合掌。
9月 4日(金) 12:20 金子一朗
拙著「挑戦するピアニスト」ですが、その後の情報では現在重版製作中とのことで、9月10日頃に再販されるとのことです。皆様にはご迷惑をおかけしておりますが、よろしくお願いいたします。詳しくは下記をご覧下さいませ。

http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-93778-5/
8月27日(木) 05:30 金子一朗
 昨日のリサイタルには、お忙しい中、とても多くの方々に来場いただき、ありがとうございました。また、会場で販売いたしました拙著「挑戦するピアニスト」、CDも多数の方々にお買い求めいただき、重ねて御礼申し上げます。
 なお、このところ、拙著が品薄になっていて手に入れにくいとのご指摘を受けておりましたが、春秋社の方で増刷が決定したとの報告を受けましたので、近日中にはお買い求めいただけると思います。ちょうどお盆休みと重なったこと、また、予想以上の売れ行きのために、皆様方にはご迷惑をおかけしておりますがよろしくお願いいたします。
 また、昨日のリサイタルでお配りしたプログラムに、ドビュッシーチクルス第4回の日程が2009年9月上旬予定と載っておりましたが、これは2010年9月上旬予定の誤りです。重ねてお詫び申し上げます。なお、日程は来月中には決定する予定ですので、決定次第、本ホームページに掲載いたします。次回でドビュッシーチクルスは最終回となりますので、是非ご来聴賜りますようお願い申し上げます。

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